『グリーンブック』がとても良かった。

  • 2019.03.18 Monday
  • 16:40


 

ケンタッキー・フライド・チキンが重要な小道具で出てくる。1960年代初めの米国南部での話だ。

無教養で野卑な白人ドライバーが、ドクターの称号まで持つ高名なピアニストの黒人に、フライドチキンを勧めるシーンがある。ピアニストはそれを素手で掴んで食べるのを嫌がるのだが、ドライバーは無理矢理押しつける。

「衛生面に問題がある」と文句を言いながらも、ピアニストは意外と嬉しそうに食べてしまう。その後、素封家の晩餐会に招待された彼らは、そこでも「黒人のお客様のために、今夜は特別にフライドチキンでおもてなしです」と言われる。

米国でのフライドチキンは本来、富裕な白人ならば捨ててしまうような部位を、圧力鍋などを使って柔らかく調理して食べられるようにしたものらしい。それは特に貧しい黒人達に好まれるというステレオタイプがあるのだ。日本の被差別部落で家畜の内臓を食べるようなものだと解説している本さえあるらしい。
なるほどそういうものなのだろうか。日本でのフライドチキンはむしろ高級イメージさえあるように思ったけれど、

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運転手が南部の道で車の修理をしていると、そばにある農園で、奴隷同然に働かされている黒人の集団が、ピアニストを見つめる。白人の運転手つきの高級車に乗っている黒人とのコントラストが強烈だ。ピアニストと農奴達は、お互いに違和感を持って見つめ合う。

そこは戦前にビリー・ホリデイが歌った『Strange fruit』が見られたような場所だろう。

 

♪ 南部の木には不思議な果実がなっている

 

と歌われる名曲だ。黒人が何かの罪に問われ、見せしめのために白人達によって木から吊され、殺されたのだった。裁判も無しに絞首刑にしてさらす。しかも殺人者達は罪に問われることもない。犬でも猫でも、こんな殺し方をすれば非難を浴びるはずだが、南部の黒人だったらそうでもないのか。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/File:ThomasShippAbramSmith.jpg

 

ピアニストはあるとき、運転手に向かって胸の内を吐き出す。

『自分は白人から見れば、家畜に等しい黒人で、あの農場で働く黒人達からは、同じ黒人とは見なされない。じゃ、私はいったい誰なんだ?』

 

運転手は言葉を失う。そしてこの『異質な人』が、自分の分身であることを理解し、二人は生涯の友人となる。